週刊「スタジオ翁」ニュースレター vol.59

このニュースレターは音楽制作からリリースまでを個人で完結させる、次世代の音楽クリエイターに向けて書いています。

プロに限らず、誰もが音楽を作れる時代になり、AIを活用することで本来ならエンジニアに任せるような仕事も、個人で完結できるようになりました。

あなたがプロを目指している音楽家であれ、これから音楽を仕事にしたいクリエイターであれ、AI等を活用した次世代の音楽制作、時代に合った新しいリリースの方法を模索しているならきっと参考になるはず。

目次

  1. 近況

  2. 今週の音楽ニュース

  3. 著書「AI時代の作曲術」先行公開

  4. 作曲とミキシングのアイデア帳

  5. Q&A

  6. Okina’s Picks

📝近況

ここでは、最近取り組んでいる音に関すること、仕事のこと、音楽制作のことについて書いていきます。

このニュースレターでも何度か紹介していたGlass Beamsがフジロックに出演することが決まったそうです。さすがにフジロックに行くのは大変ですが、都内のどこかでライブがあればぜひ行ってみたいですね。

さて、今週はフジヤエービックが主催する春のヘッドフォン祭り2024に行ってきました。

中でも気になったのは、finalが行う「自分ダミーヘッド」。これは個々人の上半身、耳の形のデータを3Dスキャンで精密に測定し、Bluetoothイヤホンの音質向上を図るサービスです。

僕たちが普段聞いている音は、肩や胸といった上半身からの反射、耳の内部反射が影響しています。ところがイヤホンというのはその影響を無視し、耳の中に突っ込んで使用するため、普段聞いているのとは全く違う形で音を聞いていることになります。

そこを解消し、イヤホンでも自然な形で音楽を楽しめるようにしたのが、このfinalのサービスなのですが、コンセプトとしては面白いものの、finalの「ZE8000」というBluetoothイヤホンでしか聴くことができない上に、6万円ほど測定料がかかってしまうので、実際にやってみよう!とはなりませんでした。

そのうち、いろんなイヤホンがこの測定に対応すれば、試してみる価値があるかもしれません。

あとは、MEZE AUDIO EMPYREAN 2というMEZEの新型ヘッドフォンを視聴したのですが、その出音にとても感動しました。

ヘッドフォンが良かったというよりは、そこに置いてあったDACとヘッドフォンアンプが素晴らしく、その影響で音の明瞭度がハンパじゃなかったです。音楽制作にそんな高価なものが必要かと言われれば、ほとんど必要ありません。完全に趣味の領域です。

ミキシングやマスタリングを生業としている人ならまだしも、こんな良い音を聴いてしまうと、自分の持っているヘッドフォンやオーディオインターフェイスの音が安っぽく聞こえて制作意欲がなくなってしまうため、こんなイベントに参加することは全くもっておすすめできませんね。

逆に、これからミキシングやマスタリングに力を入れていきたいという方は、ぜひこういったイベントや、中野のフジヤエービックなどに足を運び、最高峰の音を聴いておくと良いと思います。良いヘッドフォンはどれほどミキシングやマスタリングの精度を高めてくれるのか、身をもって理解できると思います。

📱今週の音楽ニュース

「音楽業界の動向」「最新の音楽ギア」など、音楽制作をする全ての人に役立つ新鮮でホットな情報を、毎週発掘してお届けします。
  1. Bitwig Studio 5.2が新しいスタジオツールと精密な編集をもたらす→Bitwigは頻繁にアップデートがあり、次々に新しい機能が追加されますね。今回のアップデートで、ティルトEQやアナログ風のEQの追加、Logic Proのようなコンプカラーの調整機能など追加されています。

  2. Apple Musicのアーティストページを最適化する方法→世界で2番目に大きなストリーミング・プラットフォームである、Apple Musicのアーティストページを最適化する方法が解説されています。

  3. FKA Twigs、「AI Twigs」と呼ばれる独自のディープフェイクAIを開発。→FKA twigsはAIの不適切な利用に警鐘を鳴らしているものの、彼女のオンライン・ソーシャルメディアでのやりとりを担当する「AI twigs」を自ら開発しています。「このようなテクノロジーは、アーティストのコントロール下にあれば、芸術的にも商業的にも非常に価値のあるツールなのです」とも発言しているように、AIも正しく使われれば、アーティストにとって非常に価値あるツールとなります。

  4. 最高のスピーカーとルーム補正システム?[Trinnov Nova]→本気のミキシング・マスタリングルームを作るなら、ルーム補正ソフトはTrinnov一択でしょう。最新のNovaはまだ試したことがありませんが、以前試したサラウンドバージョンのTrinnovは最高でした。SoundIDやARC3も手頃で素晴らしいツールなので、ほとんどの方はこちらで十分だと思いますが。

  5. dSONIQのRealphones 2.0は、現実的で手頃な価格のヘッドホン・ミキシングのワンストップ・ソリューションを提供します。→たまにルーティングが不安定になるので最近あまり使わなくなりましたが、ヘッドフォン補正ソフトとしてはかなり効果が高くおすすめ。特に、モニターヘッドフォンを使っていない人におすすめしたいです。例えば、DJ用の定番ヘッドフォンSennheiser HD-25も、このソフトにかかればミキシングのためのモニターヘッドフォンに即座に生まれ変わります。

📘著書「AI時代の作曲術」先行公開

いま書いているAI作曲の本の一部を、ニュースレターの読者である皆さんだけに、ちょっとだけお見せいたします。(内容は出版時に変更される可能性があります)

前回の続きです。

個人的にも、ドラムパートは本当にAIを使う機会が増えました。

##4. ドラム生成

数秒〜数十秒のラフスケッチができたところで、次はドラムパターンを作り、先ほどのラフスケッチに差し替えてみましょう。

Spliceで作ったドラムが気に入っていれば、それをそのまま使っても良いのですが、ループから数分の曲にアイデアを広げるためには、ドラムパターンに展開をつける必要があります。

ドラムはキック、スネア、ハイハット、パーカッションなどが別々に処理できた方が曲の展開が作りやすくなるので、ここではXLN Audio「XO」というAI搭載ドラム作曲ツールを使って、ドラムパターンを生成してみます。

### XOの特徴

ドラムパターンを作るためのソフトはいろんなメーカーから販売されていますが、XOが他の製品と違うのは、以下の2点にあります。

1. サンプルを読み込ませるだけで、AIが自動的にドラムパターンを作ってくれる

2. 独自のインターフェースにより、ドラムの差し替えが超高速でできる

従来のドラム作曲ツールでは、キック、ハット、スネアといったサンプルをSpliceなどのサンプル音源サービスから選び、それらを1つづつ組み合わせてドラムパターンを作る必要がありました。しかし、これでは圧倒的に時間がかかってしまいます。

XOを使えば、自動でドラムパターンを作ってくれるので、あとは自分の好みに合わせて微調整をするだけとなり、作業効率が一気に上がります。AIがいい感じのサンプルを自動的に選んでくれるので、ワンクリックで違和感のない実践で使えるドラムパターンが出てきます。

### AIツールとアーティストの個性

「そんなに簡単に生成できてしまったら、アーティストの個性が出ないのではないか?」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

最初に自分の好きなドラムサンプルを読み込ませておけば、そのサンプルをもとにドラムパターンを作ってくれるので、それだけで他のアーティストとの差別化ができます。例えば、ビンテージドラムマシンのサンプルを使えば、ビンテージな雰囲気のドラムパターンが生成されますし、最新のシンセドラムを使えば、モダンな雰囲気のパターンが生成されます。

XOのようなAIを搭載したドラム作曲ツールを使うことで、ドラムパターンの作成が格段に効率化されます。サンプルを読み込ませるだけで、AIが自動的にドラムパターンを生成してくれるので、アイデア出しがとても楽になります。

ただし、AIが生成したドラムパターンをそのまま使うのではなく、アーティスト自身が微調整を加えることが大切です。AIで自動生成したものがそのまま自分の曲の雰囲気にバッチリハマることは稀なので、曲作りをしていく中で曲全体と合わないドラムパーツがあれば変えたり、リズムパターンを変えたりして曲としての完成度を高めていく必要があります。

とはいえ、このようなAIツールを上手く取り入れることで、アーティストは自身の音楽性を損なうことなく、制作のスピードとクオリティを高めていくことができます。

まずは自分のお気に入りのドラムサンプルを用意し、AIツールを活用しながら、オリジナリティのあるドラムパターンを作ってみましょう。

### AIスタイルトランスファーでドラムを変化させる

第一章で少しだけご紹介しましたが、AIスタイルトランスファーを使えば、他のアーティストのテイストを、自分が作ったドラムパターンに適用することができます。

XOのようなドラム生成AIを使うだけでも、自分では予想だにしなかったドラムパターンが作れますが、これにCombobulator のようなAIスタイルトランスファーを組み合わせることで、 さらに自分では思いつかなかったような新たなドラムパターンを作ることが可能になります。

スタイルトランスファーはまだ作曲AI市場に登場したばかりなので、学習されたアーティストの数も少なく、自分の好みのアーティストがこういったサービスにいないことがほとんどだと思いますが、これからスタイルトランスファーが発達すれば、お気に入りのアーティストのテイストを、自分の曲に取り入れられるようになるでしょう。 これはまるで、お気に入りのアーティストと共同制作しているかのような感覚で、単にAIにドラムパターンを作ってもらうのではなく、自分のオリジナルのテイストも活かしつつ、お気に入りのアーティストのスタイルも取り入れられるので、オリジナリティー溢れるドラムパターンに仕上げることができます。

###ドラム生成に使えるAI

- XO - AIによる生成から編集までを効率的に行える高品質なドラムプラグイン

- DAACI Natural Drums - AIがリアルタイムでユニークなドラムを生成。現在βテスト中。

- Emergent Drums - ボタンひとつでAIがドラムを生成できる。

- Combobulator - AIによって、ドラムパターンを特定のアーティスト風に変換してくれる。

📘作曲とミキシングのアイデア帳

作曲やミキシングが上達するための、動画・記事・アイデアをご紹介します。

Jack Antonoffは、5thアルバム「1989」での作詞作曲とプロデュース活動を皮切りに、テイラー・スウィフトのこの10年間の急成長に大きく貢献してきた人物です。

彼の作曲テクニックがTape Onで公開されています。

Soundtoysのプラグインがお気に入りのようで、ボーカルのハイエンドを取るのにFilterFreakを使い、バックコーラスのような音を作るのに、iZotope Vocal SynthとSoundtoysのLittle Alterboy、Tremolatorなどを使っています。

ピッチ補正やトレモロの処理をかけた後は、オートメーションを使ってボーカルに動的な変化を加えていますね。

最近、AIボーカルを扱う機会が増えてきたので、これはとても参考になります。どこかで自分の制作物にも、このテクニックを試してみたいです。

🙋‍♂️Q&A

音楽機材のこと、制作のこと、ミキシングのこと、クラブのこと、何でもお気軽にご質問くださいませ。次週のニュースレターでお答えいたします。
「音楽作ってみたからアドバイス欲しい!」という方も、SoundCloud等のリンクを送っていただければお答えできます。
マシュマロにて、お気軽にどうぞ。

Q1.

翁さんこんにちは! オートチューンなどを使ったケロケロボイスを作成したいのですが、おすすめプラグイン等はございますか?

また、リアルタイムでかけれる物も探しています

A1.

こんにちは!

ヒップホップのライブPAをやっていると、ほとんどのアーティストが、

このあたりを使っているのを見ますね。

でもたまに、UAD Apolloインターフェースを持ち込んで、Auto-Tune® Realtime Xのようなプラグインによって、ケロケロボイスを出している人もいます。

僕自身は普段、あまりケロケロボイスを使わないのでどれが良いのかわかりませんが、定番はここらへんでしょう。

Logic Pro付属のオートチューンを紹介しているYouTuberの方もいますが、あれは正直微妙です・・・

🧠Okina’s Picks

最後に、音楽的想像力をかき立てる、クリエイティブなコンテンツをどうぞ。

🌱Music of the Plants - 植物のバイオフィードバックを音にするデバイスはいろいろ出てますが、これは知りませんでした。信号を音に変えるアルゴリズムは各社違うため、同じ植物であってもデバイスによって出てくる音が違います。動画を観る限り、音のバリエーションはそれほど多くなさそうですが気になりますね。

⚙️In Softening Air by Relaxer - 今週のBandcampのアンビエント特集で紹介されていたのですが、音響効果にかなり凝っていて素晴らしい!Alva Notoのような繊細さ、一聴の価値ありです。

🎨絵で物事を考える「視覚思考者」にはどんな世界が見えるのか?【ビジュアルシンカー1】#322 - 最近ハマっている、言語学者のYouTube動画です。脳って、人によってこんなに違うんだ!ということを思い知らせてくれる良動画。音楽は関係ありません。

🔎Sononym - AIにより、手持ちのサンプルをカテゴリ分けしてくれるサンプル管理ツール。サンプルの整理に困っている方は、こちらを試してみてはいかがでしょう。

週刊「スタジオ翁」ニュースレター版 vol.59

2024年5月3日発行

Blog: https://studio-okina.com/

HP: isseykakuuchi.info