週刊「スタジオ翁」ニュースレター vol.57

このニュースレターは音楽制作からリリースまでを個人で完結させる、次世代の音楽クリエイターに向けて書いています。

プロに限らず、誰もが音楽を作れる時代になり、AIを活用することで本来ならエンジニアに任せるような仕事も、個人で完結できるようになりました。

あなたがプロを目指している音楽家であれ、これから音楽を仕事にしたいクリエイターであれ、AI等を活用した次世代の音楽制作、時代に合った新しいリリースの方法を模索しているならきっと参考になるはず。

目次

  1. 近況

  2. 今週の音楽ニュース

  3. 作曲とミキシングのアイデア帳

  4. 著書「AI時代の作曲術」先行公開

  5. Q&A

  6. Okina’s Picks

📝近況

ここでは、最近取り組んでいる音に関すること、仕事のこと、音楽制作のことについて書いていきます。

最近は、AIの発達によってほぼゼロコストで音楽が作れるようになったため、音楽を大量に生産し、Spotifyのプレイリスト入りなどを狙うアーティストが増えていると思いますが、長期的にアーティストとして作品を残し続けたいなら、この手法はやめておいたほうがいいかもしれません。

「Masterchannel」というサービスがあります。これはグラミーエンジニアのマスタリングをAIが学習し、誰もがこのグラミーマスタリングを利用できるサービスです。さらに最近では、自分で作ったビートやメロディーを特定のアーティストの雰囲気に近づけるためのプラグインまで登場しています。

今後ますますAIが発達すると、このように特定のアーティストの作曲手法やエンジニアリングを高度に真似できるツールがたくさん出てくるでしょう。

なので、仮にアーティストやエンジニアが亡くなったとしても、AIが彼らの曲をもとに、死後も新曲を書き続けてくれることになるはずです。

そうなったときに必要なのは、ヒットばかり狙って大量生産された音楽ではなく、自分が心から納得できる音楽を少量でもいいので生産することだと思います。もちろん、学習データは多ければ多いほどAIの精度は上がりますが、「自分としてはそれほど納得できないけど、大量生産しないといけないからこのぐらいのクオリティでいいや」と、適当な曲をリリースし続けてしまうと、自分の死後も活躍してくれる作曲AIの精度が下がり、アーティスト本人が納得できないような曲を作り続ける「駄作生成AI」が誕生してしまいます。

もちろん、どういった目的でその人が音楽を作っているかにもよります。流行の手法を取り入れ、少しでもお金を稼ぎたいというアーティストなら、大量生産は効果的な方法だと思います。

ただ、アーティストとして自分が心から好きな音楽を作り、坂本龍一が「芸術は長く、人生は短し」と言ったように、後世に残るような音楽を作りたいと考えている人、さらにはAIによる自分の死後の創作活動まで考える人にとっては、質の高い音楽を少量でも良いから作り続けることが大切なのではないかと思いました。

ちょっと非現実的に聞こえるかもしれませんが、そう遠くない未来、亡くなったアーティストが次々に新曲をリリースする未来がやってくるかもしれませんよ。

📱今週の音楽ニュース

「音楽業界の動向」「最新の音楽ギア」など、音楽制作をする全ての人に役立つ新鮮でホットな情報を、毎週発掘してお届けします。
  1. 世界最大級音楽フェス「コーチェラ」にNumber_iやYOASOBI、新しい学校のリーダーズ、Awichが出演!→新しい学校のリーダーズは、以前働いていたクラブでも観たことがありますがまさかコーチェラに出るとは… かなり良い感じで盛り上がってました。アーカイブも観れるので、気になる方はぜひチェックを。

  2. 【ブクマ必須】無料で画質を向上できるAIツールが便利過ぎる→MVやSpotify Canvasの映像をAIで作るなら、アップスケーラーと呼ばれる画像の解像度を上げるツールを使うのがおすすめですが、良い製品は高すぎてとても手が届きません。Magnific AIという業界でもトップクラスのアップスケーラーがありますが、なんとこれをリバースエンジニアリングによって再現し、無料で提供している天才がいるとのこと。実際試してみましたが、とても簡単に使うことができました。しばらく使い込んでみます。

  3. LewittのRayマイクは、ボーカル録音における古くからの問題を解決しようとしている→lewittから、赤外線センサーにより「声のオートフォーカス」を可能にした新たなマイクが登場。マイクと歌い手の距離によって、音が大きくなったり小さくなったりする問題を解決します。上手い歌手だと、マイクとの距離で音のバランスや抑揚を調整するので、必ずしも全員にとって良いマイクとは言えないですが、おもしろい技術だと思います。

  4. ArturiaのAstroLab:10年の歳月をかけて作られた楽器の物語→ArturiaのソフトシンセV Collectionと連携できる、新しいタイプのシンセサイザーが公開されました。ソフトウェアの利便性にハードウェアの魅力を掛け合わせて誕生したAstroLabですが、「ソフトウェアで十分じゃない?」と思ってしまうのは僕だけでしょうか… 記事を見てると開発者の熱意がすごいので、触ってみないとわからない、特別な魅力があるのかもしれません。

  5. Nothing、LDACに対応し、音質やANCの効果を高めた完全ワイヤレスイヤホン「Nothing Ear」「Nothing Ear(a)」を、明日発売→Nothingのイヤホン、ずっと気になってましたが今ひとつ音質に納得できなかったので購入には至っていませんでした。果たして、今回のモデルは納得できる音質に仕上がっているのでしょうか。

📘著書「AI時代の作曲術」先行公開

いま書いているAI作曲の本の一部を、ニュースレターの読者である皆さんだけに、ちょっとだけお見せいたします。(内容は出版時に変更される可能性があります)

前回の続きです。

##2. 参考楽曲の分析

リサーチで作りたい音楽のイメージが湧いたところで、次は、好みの曲の構成を分析してみましょう。この手順も飛ばしても良いですが、これから作る音楽のジャンルにまだ精通していなければ、楽曲分析をすることでどのような構成になっていて、どんなメロディやベースラインが使われているのかを明確に理解することができます。

### ステム分離ツールを活用する

単に、曲をじっくり聴き込んで分析する方法もありますが、音楽を分析することに慣れていない人は曲をそのままま聴いたところで、どのような楽器が使われていて、どのような構成になっているのかを把握しづらいでしょう。なので、ここでは楽器ごとにステムを分離できるAIツールを使い、参考楽曲を分析する方法をご紹介します。

この本の序盤で触れたLALAL.AIを使ってステムを分離しても良いのですが、ここでは2024年に登場した新しいソフト「RipX DAW」を使ってみましょう。RipX DAWはApple Vision Proにも対応した次世代のDAWで、ステム分離やリミックスに特化しています。シンプルなインターフェースを採用しており、音楽制作の初心者でも簡単に操作できるのが特徴です。

RipX DAWを使えば、以下の手順で簡単にステム分離が行えます。

1. 分析したい楽曲をRipX DAWにドラッグ&ドロップする

2. 自動的にステム分離が始まり、ボーカル、ピアノ、ギター、ベース、パーカッションなどに分離される

3. 分離されたステムを個別に再生したり、コードの構成音まで確認できる

RipX DAWには、高精度のステム分離アルゴリズムが採用されており、他のソフトでは難しかった複雑な分析ができるようになりました。また、使われているノートも表示されるので、どのようなコード進行やメロディーになっているのかが一目でわかります。

### 楽曲構成の分析

楽曲構成を分析する際は、イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、ブリッジ、アウトロなどの要素に着目してみましょう。構成はジャンルによってかなり違うので、参考楽曲がどのような構成になっているか、時間軸に沿って分析してみてください。それぞれの要素が何秒から何秒まで続いているか、音楽再生ソフトの時間表示を見ながらメモを取ってもいいでしょう。また、各要素の長さや登場する順序、繰り返しの有無などもチェックします。

音楽制作に慣れていないうちは、この楽曲分析を丁寧にすることで、自分の楽曲の構成を考える際のヒントが得られます。参考楽曲と同じ構成を採用するのもよいですし、あえて変化を加えるのもよいでしょう。

### 楽器編成の分析

RipX DAWで分離されたステムを元に、どのような楽器が使われているか分析してみましょう。各楽器の音色や演奏法に注目します。例えば、ピアノが使われている場合、アコースティックピアノなのかエレクトリックピアノなのか、単音で弾かれているのかコードで弾かれているのかなどを観察します。

また、各楽器の役割についても考えます。メロディを担当している楽器はどれか、ハーモニーを担当している楽器はどれか、リズムを担当している楽器はどれかなどを分析します。これにより、各楽器が全体の中でどのような役割を果たしているかを理解できます。

すべての楽器が再生されている状態だと、なんの楽器が鳴っているか聞き取りづらいですが、ステムごとに分離されていれば、「こんな楽器が入っていたんだ!」「この楽器はこんなメロディラインだったんだ」という新たな発見が出てくるはずです。

### コード進行、メロディ、リズムの分析

コード進行は、楽曲のハーモニーを決定づける重要な要素です。RipX DAWを使って、参考楽曲のコード進行を分析してみましょう。

RipX DAWでは、検出されたコードが画面上に表示されます。これを見ながら、曲の各部分でどのようなコードが使われているかを分析します。コードの種類(メジャーコード、マイナーコード、セブンスコードなど)や、コードの進行パターン(カデンツなど)に注目します。

同じジャンルの曲では、似たようなコード進行が使われている場合が多いので、コードを分析することは、特定のジャンルの曲を作るのにとても役立ちます。

メロディもまた、楽曲の印象を大きく左右する要素ですよね。RipX DAWを使って、参考楽曲のメロディを音程や音の長さに着目して分析してみましょう。メロディの音程の動きや、リズムパターンにも注目します。リズムが単調なのか変化に富んでいるのか、シンコペーションが使われているのかなども見てみましょう。

### 分析結果の活用方法

参考楽曲の分析で得た情報を、自分の楽曲制作にどのように活かせるでしょうか。簡単に活用方法をご紹介します。

1. 構成のアイデアを得る:参考楽曲の構成を参考に、自分の楽曲の構成を考えます。例えば、サビを2回繰り返すのか、ブリッジを入れるのかなどを決めます。

2. 楽器編成のアイデアを得る:参考楽曲の楽器編成を参考に、自分の楽曲に必要な楽器を選びます。例えば、ピアノとストリングスの組み合わせが印象的だった場合、自分の楽曲でもその組み合わせを試してみます。

3. コード進行のアイデアを得る:参考楽曲のコード進行を参考に、自分の楽曲のコード進行を考えます。そのコード進行が気に入ればそのまま使っても良いですし、コードを転回させ、同じコードでもちょっと印象を変えたり、Scaler2などのコード生成ツールを活用してコード参考をアレンジしてみるのも良いでしょう。

4. メロディのアイデアを得る:参考楽曲のメロディを参考に、自分の楽曲のメロディを作ります。例えば、メロディの音程の動きや、リズムパターンを参考にしつつ、自分なりのアレンジを加えます。そのメロディをMIDIデータにして、リズムはそのままに、音程を変えてオリジナリティを出すのもおもしろいと思います。

コード進行は定番の型がよく使われるので、そのまま使ってもまったく問題ありませんが、分析結果は単にコピーするのではなく、自分なりの解釈と創意工夫を加えることで、「自分だけの音楽」と特別感が感じられる曲になるでしょう。分析結果はあくまでも出発点であり、そこからどれだけオリジナリティを出せるかが勝負です。

分析結果を元に、自分の楽曲のイメージを膨らませていきましょう。分析で得た情報を頭に入れつつ、次のラフスケッチの作成に進みます。

###楽曲分析に使えるAI

- RipX DAW - ステム分離、リミックスツール。ステムだけでなくノート単位で分離し、コード解析をしたり、楽器を差し替えてリミックスしたりできる

- LALAL.AI - ステム分離の精度はトップクラス。

- Moises - LALAL.AIほど細かい楽器の特定はできないが、分離精度の高いツール。

📘作曲とミキシングのアイデア帳

作曲やミキシングが上達するための、動画・記事・アイデアをご紹介します。

How I made ‘WILD’ in 4 HOURS - from idea to mastering

UKのプロデューサー、James Hypeによるチュートリアル動画が公開されていました。

Beatportで1位を獲得した「WILD」という曲の制作秘話の中で、ボーカルにAIを使った話があり、とても興味深かったのでご紹介します。

この曲では、Jodeciという古い音楽グループのアカペラが活用されています。普通にサンプリングするのではなくAIを使って「歌い直し」をしており、これにより著作権の問題をクリアしているとのこと。

ここで使われているのはAudimeeというサービスで、自分の声を他のアーティストの声に変える、いわゆるボーカルクローニング技術を提供しています。

彼はJodeciのアカペラをAudimeeに読み込ませ、著作権フリーの声に変換し、それをレイヤーして自分の曲に取り入れています。AIによって変換された声は、そのまま使うと不自然な場合がありますが、レイヤーして微調整を加えることで、曲に混ぜても違和感のないサウンドになります。

5:33あたりから、AIボーカルのパートが始まります。

「自分では歌えないけど、アカペラを入れたいな…」という方は、この手法を試してみてはいかがでしょうか。

🙋‍♂️Q&A

音楽機材のこと、制作のこと、ミキシングのこと、クラブのこと、何でもお気軽にご質問くださいませ。次週のニュースレターでお答えいたします。
「音楽作ってみたからアドバイス欲しい!」という方も、SoundCloud等のリンクを送っていただければお答えできます。
マシュマロにて、お気軽にどうぞ。

🧠Okina’s Picks

最後に、音楽的想像力をかき立てる、クリエイティブなコンテンツをどうぞ。

📗Dommune Neuro Music Workshop Vol.01 - 音楽と脳科学 - 脳に作用する音楽「ニューロミュージック」の事業を展開するVIE株式会社の方々が、Dommuneでお話されていました。僕が観たのはVol.03ですが、Vol.01もめちゃくちゃ面白いです。面白すぎたのでご連絡してみたところ、VIEアプリ内の音楽を作ることになりました。

⛺️DEKEL Downtempo @ The Dome - Ozora Festival 2023 (Full Movie) - 新しい感じのダウンテンポ。中東系の音やOrganicaと呼ばれる音楽に少し飽きていたので、これは新鮮でした。作るの難しそうですが、聴き込んで、こんな音楽を一曲作ってみたいです。

🔈お風呂でも使える、左右に分かれる防水ポータブルスピーカー。約1.58万円 - お風呂の壁にくっつく新型Bluetoothスピーカー。渋谷のb8taで聴いてきましたが、音質はまあまあ。同じタイプのスピーカーなら、SonyやAnkerの方が良いと思います。お風呂専用スピーカーとして買うならアリかな。

📹【NewJeans誕生秘話】ミン・ヒジン「固定観念を壊したい」 - 大人気ガールズグループ「New Jeans」のプロデューサーのインタビュー動画です。こういうのをNHKがやってくれて無料で観れるのはありがたいですね。先月韓国に行きましたが、韓国人の美的センスには驚かされました。日本人にはない、優れた感性を持っていると思います。

📝ブログ更新のお知らせ

Techivation、最近流行ってますね。

AI-Looudnerは機械学習を使って開発されたプラグインで、曲の一番ラウドな部分を再生しながらボタンを押すだけで、その曲に最適な方法でラウドネスを高めてくれます。

マスターチェーンの最後に入れると、音がグッと持ち上がるのでとても重宝しています。

週刊「スタジオ翁」ニュースレター版 vol.57

2024年4月19日発行

Blog: https://studio-okina.com/

HP: isseykakuuchi.info