週刊「スタジオ翁」ニュースレター vol.51

このニュースレターは音楽制作からリリースまでを個人で完結させる、次世代の音楽クリエイターに向けて書いています。

プロに限らず、誰もが音楽を作れる時代になり、AIを活用することで本来ならエンジニアに任せるような仕事も、個人で完結できるようになりました。

あなたがプロを目指している音楽家であれ、これから音楽を仕事にしたいクリエイターであれ、AI等を活用した次世代の音楽制作、時代に合った新しいリリースの方法を模索しているならきっと参考になるはず。

目次

  1. 近況

  2. 今週の音楽ニュース

  3. 著書「AI時代の作曲術」先行公開

  4. 作曲とミキシングのアイデア帳

  5. Q&A

  6. Okina’s Picks

📝近況

ここでは、最近取り組んでいる音に関すること、仕事のこと、音楽制作のことについて書いていきます。

先日、SleepFreaksで興味深い動画を見つけました。

5つのAIマスタリングサービスと、現役のマスタリングエンジニアが手がけた曲を聞き比べる企画です。

ほとんどのAIマスタリングサービスより人間のマスタリングの方が質が高く感じられたのですが、LANDRだけは人間のマスタリングと変わらないほど自然で素晴らしい仕上がりでした。

AIマスタリングソフトといえばiZotope Ozoneが有名ですが、特徴的なバキバキのマスタリングになるため、微調整が必要です。一方、LANDRは圧倒的に自然なマスタリングができるため、僕も最近はよく使っています。動画の中でも、エンジニア本人がLANDRと人間のマスタリングの違いを悩むほどだったので、いかにLANDRの マスタリングの質が高いかがわかります。

これは、すでに「マスタリングに人間が必要なくなってきている」ということなのでしょう。

一般的なリスナーがLANDRと人間のマスタリングの違いを聞き分けることはほぼできないと思います。つまり、マスタリングを人間に任せるのは、アーティストの芸術性のためのこだわりか、もしくは自己満足に過ぎないのです。

アーティストが自分の音楽を最高の形でリリースしたいと思うのは理解できますが、時代はAIに向かっています。よほど音が良いことで売っているアーティストでない限り、もうマスタリングはLANDRで十分かもしれません。

一方でミキシングは、アーティストやエンジニアの個性を出しやすいため、ミキシングエンジニアがすぐに不要になることはないと思います。

音楽制作の現場では、AIの発展により、マスタリングエンジニアの役割が大きく変化しつつあります。LANDRのようなAIマスタリングサービスの登場により、マスタリングは人間とほぼ同等の品質を実現できるようになりました。

今後は、アーティストやエンジニアの創造性や個性を活かすミキシングの段階により注力し、マスタリングはAIに任せるという音楽制作のスタイルが主流になっていくのではないでしょうか。

📱今週の音楽ニュース

「音楽業界の動向」「最新の音楽ギア」など、音楽制作をする全ての人に役立つ新鮮でホットな情報を、毎週発掘してお届けします。
  1. Adobe、音楽用GenAIツールを公開→あのAdobeが音楽を自動生成するAIを発表。最近、Appleがテスラの幹部などを雇い入れて取り組んでいた自動運転の事業を取りやめ、AIにシフトしたとのニュースもありましたが、この分野はかなり激しい競争が起こっていますね。Adobeの作曲AIは、音楽を生成してからPhotoshopのように編集したり微調整できる特徴があります。SunoAIもそうですが、この類の作曲AIは「もうちょっとここを編集したいんだよな」といった微調整ができず、気に入らなければ一から作り直すしかありません。リリースが楽しみですね。

  2. Ableton Live 12が正式リリース!→ついに12がリリースされました。新機能は色々ありますが、個人的にはMIDIのランダマイズ機能が気になります。

  3. Native InstrumentsがJacob Collier Audience Choirを発表→ライブパフォーマンスの一環として、観客を合唱団として指揮し、一緒に歌うことで知られるJacob Collierですが、そのライブの歌声を録音したサンプルライブラリが無料配布されることになりました。Jacob Collier好きは、ぜひダウンロードを!

  4. 耳を守りつつ音楽体験はそのままに 〜イヤープロテクター THUNDERPLUGS Powered by Alpine→Alpineのフラグシップモデルは5,000円ほどするので、頻繁にライブにいく人でなければ、こちらのモデルで十分なのではないでしょうか。遮音性能だけで見ると、最近広告でよく見かけるこちらの耳栓の方が高いです。ライブ用耳栓は、耳栓をしながらも音楽が綺麗に聞こえるように全周波数にわたって均一に遮音する特性があるのでライブには便利ですが、単に日常生活での遮音を求めるなら、見た目も可愛いLoopが良いと思います。

  5. iPhone/iPadのAUv3プラグインをMacと連携して使うNovoNotes SideRack→今までiPadやiPhoneでしか使えなかったiOS版シンセなどを、Macと連携させて使えるツールが登場しました。記事の中で、Atom | Piano Roll 2を使い、iPadに書き込んだMIDIを即座にMac側に反映する、といった活用例も紹介されています。この機能だけでも買う価値があるかも。

📘作曲とミキシングのアイデア帳

作曲やミキシングが上達するための、動画・記事・アイデアをご紹介します。

ハイパスフィルターはミックスを台無しにする?

音楽制作のチュートリアルを見ていると、よく「不要な低域はハイパス、もしくはローカットフィルターでカットしましょう」という情報が出てくると思います。

聞こえない低域が曲全体を濁らせる原因になっている、というのは正しいですがこの動画では、ローカットが必ずしもいい影響を及ぼさない、むしろミックスに悪影響を及ぼすことすらある、ということが解説されています。

特に急激なフィルターで低域をカットした場合に起こるのですが、位相がめちゃくちゃになり、音が前に出てこなくなってしまうことがあります。

全く同じ波形の音が2つあったとして、どちらかの位相が180度回転すれば、その音は完全に聞こえなくなるのですが、そういう理屈で音が消えてしまうのです。

位相については、こちらの記事にも少し書いています。

なので、緩やかなローカットは適切に行えばミックスにいい影響を及ぼすが、過度なローカットはミックスを壊しかねない、ということを意識しておくと良いでしょう。

📘著書「AI時代の作曲術」先行公開

いま書いているAI作曲の本の一部を、ニュースレターの読者である皆さんだけに、ちょっとだけお見せいたします。(内容は出版時に変更される可能性があります)

音楽制作に使えるAIはここまで挙げた「完全作曲系」「メロディー・コード生成系」「ミキシング・マスタリング系」の3つになりますが、それ以外にもいくつか音楽制作に使えるAIがあるので、こちらでいくつかご紹介します。

- リバーブ(Neoverb, smart:verb)

- ボーカルコピー (Kits.AI、Elevenlabs)

- 作詞 (ChatGPT)

- ステム分離 (LALAL.AI)

AIリバーブは、楽器を分析し、その楽器に合った空間を表現できるようなリバーブを設定してくれます。

もちろん他の楽器との兼ね合いで、そのリバーブが完璧にマッチしないこともあるので、最後は人間の手で微調整していきます。リバーブというのは簡単なようで、実はいろんな種類があって 、シチュエーションごとに使い分けるのがとても難しいツールの1つだったのですが、こういったAIプラグインが登場したことにより、誰でも簡単に違和感のないリバーブをかけることができるようになりました。

次にボーカルコピーですが、Kits.AIは好きなアーティストのボーカルデータをアップロードすることで、完全にその人の声、トーン、イントネーションで歌うことができるツールです。

ボーカルのコピーを作った後は、Text to Voiceでテキストから声を生成しても良いのですが、それだと音楽と合わせたりできないので、まずは自分の声で歌い、それをアップロードして生成したAIボイスに入れ替えるといった作業が必要になります。アップロードの際、自分の声の高さや、どのくらいAIボイスの特徴を反映させるかの設定もできるのですが、AIっぽいノイズが入ったり、稀に滑舌が悪くなってしまうので、誰もが一般的にこのツールを使うようになるのはまだ少し先の話かもしれません。

とはいえ、ものの数分で、自分の声が好きなアーティストの声に変わってしまうボーカルコピーツールは、これから確実に利用者が増えていくでしょう。さらにKits.AIには「ボイスブレンディング」と言う機能もあり、誰かの声と誰かの声を掛け合わせることで、この世にない声を生成できます。例えば、自分の好きな2人のアーティストの声をブレンドすれば、自分の好みを生かしつつ、この世にはない新たな声を生成できるので、もう権利の問題を何一つ考える必要もなく自分の曲で使い放題です。

以前、ドレイクとザ・ウィークエンドの声を勝手に使い、Spotifyにアップして大量の再生回数を稼いだことで、レーベル側からクレームが入るという大きなニュースとなる出来事がありましたが、このボイスブレンディングを使えばそういったこともなくなるでしょう。

次に作詞です。作詞AIはアーティストが使うAIの中で最も利用度が高いものの1つで、ChatGTPを使っている人ならおわかりだと思いますが、適当な歌詞ならものの数十秒で作ることができますし、AIとの対話を繰り返してブラッシュアップし、自分だけの歌詞にすることもできます。もはや芥川賞を受賞する小説にChatGTPが使われている時代なので、歌詞にAIを使うのはなんの違和感もありません。

歌詞を書いている方は今すぐChatGPTに登録し、使い方を学びましょう。

ChatGPTは誰にでも使えますが、良い回答を得るには少しばかり訊き方のコツが入ります。これを「プロンプトエンジニアリング」と言いますが、最近ではこれを学ぶためのコースも登場しています。今後この分野はどんどん発展するでしょうから、今のうちに「AIにどう尋ねると、自分の望む結果が返ってくるのか」を学んでおくことをおすすめします。

最後に、ステム分離ツールです。

ステムとは、音楽を構成要素ごとに抽出したものを指します。例えばバンドなら、ドラム、ギター、ベース、ボーカル、その他の楽器、という5つのステムにわけられるでしょう。実際には、ボーカルの中にメインボーカル、サブボーカル1、サブボーカル2などが入っていることもあり、ドラムも細かく分ければ、ハイハット、ベース、ドラム、スネア、シンバル、ライドなどに分けることができます。

さて、このステム分離ツールを使うと、音楽から特定の構成要素のみを取り出すことができます。LALAL.AIを使えば、曲からボーカルだけをきれいに抜き取ったり、ドラムだけにしたり、特定の楽器だけを抜き出したりすることができます。こういったツールはこれまでにもたくさん出ていましたが、LALAL.AIは現存するステム分離ツールで最も優れた分離能力を持っています。分離の精度が甘いと、ボーカルを分離しても少しだけボーカルのリバーブが残ってしまったり、ボーカルを抜いた音楽が機械ノイズの入った、どこか違和感のあるサウンドになってしまうものですが、LALAL.AIは、独自のAI技術によって極限までそういった機械的なノイズや不自然な音を削減することに成功しています。

この本の後半でも具体的な使い方を紹介しますが、ステム分離ツールはあらゆることに応用ができます。例えばステムが提供されていない楽曲のリミックスをしたり、すべての楽器を分離し、音楽がどのような構成になっているかを研究したり、ボーカルだけを抜いてカラオケバージョンを作ったり、先ほどのKits.AIを使ってお気に入りのAIボイスで歌った自分の声をインストに乗せたりと、いろんな可能性が広がるでしょう。

🙋‍♂️Q&A

音楽機材のこと、制作のこと、ミキシングのこと、クラブのこと、何でもお気軽にご質問くださいませ。次週のニュースレターでお答えいたします。
「音楽作ってみたからアドバイス欲しい!」という方も、SoundCloud等のリンクを送っていただければお答えできます。
マシュマロにて、お気軽にどうぞ。

🧠Okina’s Picks

最後に、音楽的想像力をかき立てる、クリエイティブなコンテンツをどうぞ。

💽Album: 2022年のベスト・アルバム:純正律/微分音 - ちょっと古い記事ですが、純正律や微分音を取り扱ったアルバムが紹介されています。シンプルなピアノ曲でも新鮮で心地よい感じがします。

📝Review: Trinnov Nova / IK Multimedia Arc Studio comparison - 新しく登場した音場補正ソフトArc Studioと、音場補正ツールの最高峰であるTrinnovの比較動画。さすがにTrinnovは導入できないですが、もしArc StudioがSonarworksと同じくらい良ければ、導入する価値はあるでしょう。測定スピードの速さとハードウェアであることのメリットは大きいですからね。

🥁Live Setup: Richie Hawtin: ライブ・セットアップ で Bitwig Studioを使う - Bitwigを使わない人にも参考になると思います。Richie Hawtinのライブセットアップに対する考え方が紹介されている動画です。

📽️Movie: 日本 - 僕の大好きな映像を撮るYouTuberが、日本の風景を撮っています。撮る人によって、これほどまでに印象が変わるものなのですね。Vaundyのようなマルチアーティストが登場しているように、今後は音楽アーティストであっても、映像のセンスが必要になる気がします。

週刊「スタジオ翁」ニュースレター版 vol.51

2024年3月8日発行

Blog: https://studio-okina.com/

HP: isseykakuuchi.info